ヴィタリス製薬は創業1935年。医薬品/カロペプタイド、医薬部外品、化粧品、サプリメント、健康食品の製造・販売またOEM製造および輸出入事業を展開。

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初めての方にヴィタリスのことをわかりやすくご紹介します。5分でわかるちょっとe-話!
今までの歩み
医薬品・化粧品・健康食品をはじめ「心身ともに活力あふれる健康で美しい毎日」をテーマに誰もが安心して暮らせる社会を目指すヴィタリス製薬株式会社のスペーサー
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今までの歩み
ヴィタリス製薬株式会社の今までの歩み
1935年『オットホル』誕生。
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1935(昭和10)年、この年はヴィタリス製薬にとってもっとも記念すべき年といえます。薬味酒『オットホル』が誕生し、ヴィタリス製薬の第一歩が記された年だからです。
創業者である浦部一次は、北海道へ屯田兵として渡り、しばらくして樺太の地に足を踏み入れました。そこで目にしたのがオットセイでした。当時、水産庁がオットセイの捕獲が許可されていた樺太海豹島(かいひょうとう)でオットセイを捕獲し、その睾丸や陰茎を干したものは地元では強壮剤として知られていました。浦部一次はそれに着目し、水産庁にオットセイの肉および内臓の払い下げを交渉。その結果つくりあげたのが薬味酒『オットホル』だったのです。
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写真左「浦部一次」 医薬品・化粧品・健康食品をはじめ「心身ともに活力あふれる健康で美しい毎日」をテーマに誰もが安心して暮らせる社会を目指すヴィタリス製薬株式会社のスペーサー >薬味酒「オットホル」
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写真左「浦部一次」
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薬味酒「オットホル」
1935〜45年第一次ブーム到来。
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薬味酒『オットホル』は、販売してすぐに大変な評判となります。年間の生産量は54万リットル。一升瓶にすると30万本分もの生産量で、日本国内だけでなく海外でも人気を博し、養命酒と匹敵するほどの人気ぶりでした。そのため生産が追いつかず、渋谷区幡ヶ谷、千葉県船橋市に次々と工場を建設。「どうしても売ってくれ」と、みかん箱いっぱいの現金をもってきたお客様までいたほどでした。
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1946〜1954年原料入手を絶たれ試練の時代。
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樺太太平洋戦争の終戦。これは当社にとって大きな痛手となりました。樺太にあった工場を失っただけでなく、海豹島のオットセイの原料も入手できなくなったからです。つまり『オットホル』が生産できなくなってしまったのです。しかし、オットセイの力を知っていた創業者たちは、48年に『オットセイ製薬』として会社を設立し、オットセイ入手のチャンスをずっと待ち続けました。そして1953年、ついにそのときがきます。
当時、日本、アメリカ、カナダ、ロシアの間で、生態研究資料としてのオットセイの捕獲に関する4か国協定が結ばれていました。現在の調査捕鯨のようなものです。日本は年間1200頭の捕獲が許され、水産庁がそれを実施していました。そこで、水産庁と交渉し、医薬品、化粧品、健康食品などに限った使用として、そのオットセイの肉・内臓を払い下げてもらうことに成功したのです。
翌年『オットホル』の復活。戦後、高度経済成長を遂げつつあった波に、ようやく当社も乗ろうとしていました。
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1955〜1972年第二次ブーム到来。
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テレビ放送が開始されたのは1953年ですが、それ以降、テレビは急速に普及していきます。当社の成功もテレビの普及とは無関係ではありませんでした。人気横綱の「吉葉山」をイメージキャラクターにテレビCMを展開し、当時有名だった歌手「美ち奴」と「真木富二夫」のデュエットで『オットセイ節』というレコードも発表。甲子園球場にも看板を出し、伝統の阪神巨人戦や高校野球のテレビ中継を通じて当社の製品名が全国に知れ渡るようになりました。
また、商品も『オットホル』以外に薬品、食品、化粧品などと幅を広げ、カプセル球ホルモン剤『ホルモンP』、液状ホルモン『ネオ・イグスミン』、薬用ドリンク『オットドリンク』などを次々と発売。香港、台湾、タイ、シンガポールなど広く海外でも発売され、第二次ブームに沸きかえっていました。
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イメージキャラクター人気横綱「吉葉山」 医薬品・化粧品・健康食品をはじめ「心身ともに活力あふれる健康で美しい毎日」をテーマに誰もが安心して暮らせる社会を目指すヴィタリス製薬株式会社のスペーサー テレビコマーシャル 医薬品・化粧品・健康食品をはじめ「心身ともに活力あふれる健康で美しい毎日」をテーマに誰もが安心して暮らせる社会を目指すヴィタリス製薬株式会社のスペーサー 当時の長嶋監督
医薬品・化粧品・健康食品をはじめ「心身ともに活力あふれる健康で美しい毎日」をテーマに誰もが安心して暮らせる社会を目指すヴィタリス製薬株式会社のスペーサー
イメージキャラクター
人気横綱「吉葉山」
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テレビコマーシャル
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当時の長嶋監督
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液状ホルモン「ネオ・イグスミン」 医薬品・化粧品・健康食品をはじめ「心身ともに活力あふれる健康で美しい毎日」をテーマに誰もが安心して暮らせる社会を目指すヴィタリス製薬株式会社のスペーサー 薬用ドリンク「オットドリンク」 医薬品・化粧品・健康食品をはじめ「心身ともに活力あふれる健康で美しい毎日」をテーマに誰もが安心して暮らせる社会を目指すヴィタリス製薬株式会社のスペーサー
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液状ホルモン
「ネオ・イグスミン」
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薬用ドリンク「オットドリンク」
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台湾工場
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1973〜1985年試練再び、そしてOEM事業。
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1972年、当社にとって終戦直後と同じような試練が再び訪れます。ホルモン剤の規制が厳しくなってきたのです。そのため、これまで発売してきたホルモン剤から他の商品へと切り替えを図りますが、思ったように業績を伸ばすことができませんでした。そうした状況の中、別会社としてスタートさせたのがOEM事業です。数多くの企業から受託製造を引き受けることで、安定した経営基盤の構築を目指していきました。
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OEM製品
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OEM製品
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1986〜2000年復活の手ごたえ。
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1986年、オットセイ中に含まれる有効成分のカロペプタイドの製造方法において、製造特許を取得し、カロペプタイドの唯一の製造特許としての強みを生かせるようになりました。また別会社としてスタートさせたOEM事業は芳香剤の大ヒットなどにより、オットセイ製薬と並ぶ当社グループの大きな柱となるまでに成長してきました。
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2001〜現在 社名も一新し、新ステージへ。
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2000年、社名を『プロ・シール株式会社』と変更し、別会社だったOEM事業も吸収合併し1つの会社として再スタートを切りました。さらに2006年には社名を『ヴィタリス製薬株式会社』へと変更しています。「ヴィタリス」は当社の社風でもある「バイタリティ」の語源となる言葉でもあり、医薬品製造業の認可を受けた企業であることを再認識するために「製薬」の名を入れました。
この社名変更を機に、カロペプタイドを使った医薬品はもちろん、従来のOEM事業もそのままに、現在さらに飛躍すべく、カロペプタイドに依存しない独自の研究開発による化粧品事業の拡充を図っています。
当社がつくった商品がお客様に喜ばれ、それが当社の業績にもつながり、お互いに成長できる──。そんな企業としての理想的な歩みを、ぜひ今後とも実現していきたいと考えています。
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あの名物編集者もヴィタリスに注目!?
文春文庫(文芸春秋)に『東京するめクラブ 地球のはぐれ方』という本がありますが、その本の414〜415ページに、なんとヴィタリス製薬のことが紹介されています。この本は村上春樹さん、吉本由美さん、都築響一さんの共著で、紹介してくれたのは名物編集者として知られる都築さん。都築さんは世の中の「人はあまり注目しないけど、よく見ると本当はすごく面白いこと」に目を向けるのが得意な方ですが、そのお眼鏡にかなったのは、まさに光栄の至りです。
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